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[ローハンプトン以外で学ぶカリグラフィー] NEW! [カリグラフィーで仕事をする]

Roehamptonコース概要

 
さて、いよいよこのエッセイのシリーズはこれで最終回となりますが、今回は“カリグラフィーで仕事をする”というテーマで書いてみようと思います。

このエッセーの読者の皆様の中にはカリグラフィーという趣味を生かして仕事をしたいと考えていらっしゃる方もおられるかと思います。ご多分に漏れず、私自身もローハンプトンに来る前に“カリグラフィーの講師”になれたらいいなぁーと漠然と考えていました。ところが大学でカリグラフィーの技術と知識を深めていくにつれ、簡単にはカリグラフィーの先生などにはなれないということに気がつきました。また、どんな仕事がカリグラフィーを通じて可能なのかを調査してみると、プロとしてカリグラフィーに関わる仕事をするのが難しいことがわかりました。

私がローハンプトンに在学していた頃は平均で10人から15人の卒業生(ブックバインディングの生徒も含)が毎年いましたがそのうちでもプロとしてカリグラフィー関係の仕事に就くことができた卒業生は1人か2人しかいませんでした。そういった一握りの卒業生達は個人でカリグラフィー関連のデザインの仕事を請けたり、ドナルド ジャクソン(イギリス人カリグラファーで現在St. John’sバイブルのプロジェクトを推進中)のアシスタントになったりした人もいました。

イギリス国内やヨーロッパ各国からの学生でさえイギリスでカリグラフィー関連の仕事に就くことが難しい状況の中で、またそれと同等に日本人にとっては取得の難しい就労ビザを得て現在3人の日本人女性がイギリス国内でカリグラフィー関連の仕事をしています。3人ともまったく異なる状況で仕事を得、そしてその仕事の内容もそれぞれ異なっています。この3人の女性達がどのようにして仕事を得たのか、そしてどのような仕事を日々こなしているのか、また彼女達の将来の目標とこれからイギリスでカリグラフィーで仕事をしたい方々へのアドバイスを提示してみたいと思います。

   
 
 
白谷 泉さん 
(連絡先:izm@ja2.so-net.ne.jp)

2001年、イギリス南部サリー州にある“Reigate School of Art, Design and Media”を卒業後、ロンドンでカリグラフィー関連の仕事をしています。白谷さんがこの仕事をするきっかけとなったのは、ロンドンのカリグラフィーオフィス「LONDON SCRIBES」で1人欠員が出たという情報を当時白谷さんがカリグラフィーを学んでいた学校の講師から得たそうです。ダメモトで即応募をしたところ面接の結果、採用になり現在もそのカリグラフィーオフィスと関わりながら仕事をしています。

このカリグラフィーオフィスが主に扱っている仕事はパーティーやイベントで使用される、印刷ではない美しい手書きによって書かれた文字です。それらの手書き文字は招待状、各座席名、テーブルプラン(パーティーやイベントの会場の座席表)、各テーブル名、料理のメニュー、ビュッフェカード(ビュッフェパーティーの際に、料理の前に置かれるカード)などに、それぞれの目的に適切にデザインされて書かれるそうです。また、重要なイベントでは招待客の中に直前になって変更がはいった場合に備えて開場時間までそのイベント現場で待機するそうです。現場に足を運ぶ機会があると、担当した手書きの文字が実際開場でどのように見えているか、例えば手元で見た時には過剰すぎると思われるフローリッシュさえも豪華なパーティー会場においては逆に見映えがしたり、細い綺麗な文字は逆に存在感がなかったり、といった細かい部分を把握出来るそうです。またイベントの内容やテーブルセッティングの仕方を見ていくうちに、どんなイベントにはどのようなカリグラフィーが一番良いかの判断もつくようになり、経験を重ねていくうちにクライアントにも積極的に提案出来るようになってきたそうです。

こういった仕事を通した経験から得た知識はたいへん貴重だと思います。これらの手書きによる文字は、パーティーやイベントに特別な印象(付加価値)を与えているといっても過言ではないでしょう。しかしながら、時間を費やし、また時にはたいへん短い締め切りに追われて書かれる何百枚という美しい手書きの宛名や住所の字が基本的に短命なことは残念なことです。

ちなみに、このカリグラフィーオフィスのクライアント先はパーティープランナーをはじめ、ホテル、銀行、企業、美術館や博物館などの公共施設からの依頼、そして個人の結婚式までと範囲がだいぶ広いようです。また、デビットベッカムのパーティーやイギリス王室のウイリアム王子の誕生パーティーのイベントなどにも関わったそうです。というのもこのカリグラフィーオフィスが設立されたのは今から10年以上も前のことで、イギリス国内のこの分野のオフィスでは確固たる地位を確立しているようです。

白谷さんの将来の目標を伺ったところ、どのような生活環境に自分がなろうともカリグラフィーに対して素直な情熱を忘れずに作品を作り続けたい、との事です。そして今までの経験を生かし、今後はもっと日英間の交流を深め、それぞれの国が持つの素晴らしい美を伝達していきたい、とのことです。
   
 

また、白谷さんからこれからイギリスでカリグラフィー関連の仕事につこうとする人へのアドバイスですが、“どんな仕事でも得るものは必ずあり、常に前向きでいる事を忘れずに”と言う事でした。特に彼女が関わったイベント等のビジネスでのカリグラフィーについては、彼女が信じている美的感覚を仕事によって曲げなければいけない場面も多くでてきて、ビジネスカリグラフィーとアートカリグラフィーの間の壁を感じて葛藤することが多いそうです。それでも、カリグラフィーを使って仕事を得られるということを励みに仕事をこなしていくことが大切だそうです。すべての経験を楽しむくらいの前向きな姿勢で自信を持ってがんばってください、とのことでした。

作品左上:「
Dreaming of dreams」
作品右下:「I count my blessings」

   
 

下田 恵子さん
(連絡先:keiko3@gongon.fsnet.co.uk)

日本でOL(事務職)をしていた下田さんが“手に職があるとよいなぁ”と思い、当時カルチャーセンターで学んでいたカリグラフィーでかなえるべく仕事を辞め、日経新聞の広告欄に載っていた“インターンシッププログラム”に応募したのは、今から4年ほど前の2000年。日本国内でそのプログラムの面接などの試験にも合格し、プログラム側が選びだした受け入れ先の1つが、現在下田さんが仕事をしているロンドンにあるカリグラフィースタジオ“カースティン バーク”(Kirsten Burke、ローハンプトンを卒業したカリグラファーの名前をそのままスタジオ名にした)だったそうです。

この“インターンシッププログラム”についてはシステム上に利点と問題点があるとのことで、詳しくはここでは触れませんが、同等のシステムを利用することを考えている方は多少注意と調査が必要かもしれません。(下田さんに直接の問い合わせも可能だそうです。)

このスタジオのカリグラファーのカースティンの文字には彼女の個性が反映され、1度見たらなかなか忘れることのできない彼女独特のスタイルを作品やデザインから感じることができます。彼女のように彼女自身の個性が如実にあらわれた文字を体得するのはなかなか簡単なことではないですし、またそれと同時に彼女は文字に対するしっかりとした基本的学習もしていることから、カリグラファーとして成功を収めることのできる要素をたぶんに持ったカリグラファーだと思います。

このカースティンのスタジオで下田さんは最初の1年をインターン(無報酬の見習い)として過ごし、その後そこでの仕事を継続するべく2002年に労働ビザを取得し、現在もカースティンとともに仕事をしています。
(スタジオのウェッブサイト:http://www.kirstenburke.co.uk)

このスタジオが手がけている仕事は主に、資格取得などの証明書への名前入れ、レストランのメニューデザイン、個人の依頼のファミリーツリーやポエム作成、カードデザインといった短時間で処理される仕事や、ある程度長期にわたりプロジェクトが進められる公共機関の資料館入り口ホールの壁画デザイン製作などと仕事の関連先は多岐に渡っているようです。現在このカースティンのスタジオが手がけた作品を見ることができるのは、ロンドンのテムズ川南岸にあるシェークスピアグローブ座劇場の資料館の壁画に書かれたシェークスピアの作品にちなんだ年表です。このグローブ座の劇場と資料館をあわせた見学ツアー(有料)があります。このグローブ座のショップにはこのスタジオがデザインしたロゴを使ったグッズも販売されています。
(グローブ座ウェッブサイト:http://www.shakespeares-globe.org)

また、下田さんのデザインしたカードもイギリス国内のグリーティングカードや文具を扱っているお店に置かれています。

2002年の7月にはカースティンのデザインした文字を使用したウェディングステーショナリーを販売する別会社をカースティンのスタジオが発足し、好調にステーショナリーは売れているそうです。

現在、下田さんは主にこの新しく発足した会社で仕事をしていて、お客様からの依頼のあったサンプルの発送、プレースカードや招待状の名前入れ、そして新デザインの企画の手伝いなどを担当しているそうです。
(ウェッブサイト:http://www.mandalaybride.co.uk)

下田さんに将来の目標を伺ったところ、未定だそうですが、カースティンとの仕事を始めて4年目に入り、事業がどのように拡大していくのか観察したい気持ちもあるそうで、もう少しこの仕事を続けるそうです。

また、下田さんからこれからイギリスでカリグラフィー関連の仕事につこうとする人へのアドバイスですが、いろいろと考えずに思い切って飛び込んだ方が良いそうです。カリグラフィーに対する技術は大切ですがそれが第一ではなく、仕事では一生懸命さが万国共通に通じるとのことです。特にロンドンは様々な文化や考えが混ざり合い、その多様性が受け入れられている街なので、カリグラフィーも多種多様。そういった多様性に触れることで自分の可能性も広がるところを指摘しています。また、年齢もあまり関係なく、自分の好きなそして得意な分野を見極め、それを自信を持って(多少オーバー気味でもかまわない)売り込むことが大切だそうです。

     
 
「Dream-brown」 「Home
 
  佐藤恵美
(連絡先:letterandstone@hotmail.com)

2001年にローハンプトンを卒業後、私はカリグラフィーの仕事ではありませんが、大学で学んだカリグラフィーの知識と技術を生かせることのできる“レターカッティング”(Letter Cutting) という仕事をするカードーゾキンダスリーワークショップ(Cardozo Kindersley Workshop)の3年間の徒弟制に2002年の1月から就いています。現在は、1人前のレターカッティングの職人として独立する前の見習い期間中というわけです。

この工房はリダキンダスリー(Lida Kindersley) によって現在は運営されていますが、もともとは彼女の夫であり、師匠であったデービッドキンダスリー(David Kindersley:1915−1995)によって1936年に設立されました。(ワークショップ設立当初の場所はケンブリッジではありませんでした。) デービットはエドワードジョンストンの教え子のうちの1人であったエリックギル(Eric Gill:1882−1940;レターカッター、彫刻家、カリグラファー、イラストレーター、そしてタイプデザイナーであった)の徒弟として彼のワークショップで2年を過ごした後、独立。イギリス国内ではエリックギルの死後、この分野では第1人者の一人として後継者を育るばかりでなく、レターカッティングの分野を超えてカリグラフィー、タイポグラフィー、そしてその他の様々なレタリングの分野に大きな影響を与えました。
(ウェッブサイト:http://www.kindersleyworkshop.co.uk)

私が学生の当時、レターカッティングについてやこのワークショップの事については講師から聞いてはいましたが、まったく体験したことのない分野でしたので、その道に進もうとは考えてもみませんでした。ですが、大学2年と3年目の間の夏休みに、トムパーキンス(Tom Perkins:現在イギリスで最も活躍するレターカッターの1人)のレターカッティングのウィークエンドコースを受けたことでこの分野により興味を持つようになりました。

そして、大学卒業後にもう少しカリグラフィーやレタリング、特にタイポグラフィの要素を多分に含んだ分野での学習をもう少し進めたいと思いたち、イギリスで長い間タイポグラフィーの分野で仕事をなさっている日本人の方に相談したところ、このワークショップを推薦されたわけです。

まず、ワークショップを見学に行き、リダからいろいろな説明を受けました。その中でも最も印象に残った彼女の言葉は、“仕事は決して急いで仕上げる必要はない。納得のいく仕上がりになるまで好きなだけ時間をとっていい。”でした。その言葉はまさに、彼女のワークショップが“仕事の質”にこだわっていることの表れだと思いましたし、あまりなじみのない世界に飛び込もうとする私にとってはたいへんな勇気付けとなりました。その後リダとワークショップのマネジャーとの面接の結果、採用になりました。

3年間の徒弟制ということで、実際に仕事をしてお給料を頂きながら学ぶということになりまが、最初の2ヶ月はまったく給料を支払われませんでした。もちろんこの2ヶ月間はワークショップにとって私からの実際の利益となる労働は得られませんので無賃労働は正当なことと思いましたが正直なところ金銭的にはかなり辛かったです。

仕事を始めてからの1ヶ月の間にしたことは、主にローマンキャピタル26文字をAからZまで鉛筆で書くことでした。ワークショップのキャピタルはトラジャンコラムのキャピタルをモデルにしているものの、ワークショップ独特の特徴があるので、私の書いたローハンプトンで習ったキャピタル(トラジャンコラムのキャピタルにより忠実)にはだいぶ修正を入れられました。しかしながら、その反面新たに学ぶこともたくさんありました。その後、初めて石を彫るためのチズル(Chisel=鑿)を持ったのは1ヶ月以上を過ぎてからでした。

さて、このワークショップが日常どんな仕事をしているかというと、個人のクライアントからは主に墓石、家の番号や名前を記した石の表札などですが公共機関、例えば大学、博物館、美術館、病院などからも記念碑の依頼などがたくさんあります。現在、ロンドン近郊で見られるワークショップがした仕事は、大英図書館(British Library)のメインゲート(正門)やセイントポール大聖堂(St. Paul Cathedral) の隣にできた新しく証券取引所となる予定のビルの壁に彫られた日時計(厳密には、正午を示すNoon Marker)、そしてケンブリッジにあるフィッツウィリアムス博物館(Fitzwilliam Museum)内に新しく増設されたビルの壁に彫られた寄付金者名簿などです。

日本でもそうですが、何百年,何千年と残しておきたい記録は主に石に彫られてきました。特にヨーロッパは広範な地域にわたり地震といった災害が少なかったために石に彫られた記録は博物館内だけではなく、街のいたるところに残っています。今でもローマ市内のストリートサイン(Street Sign;街路名を記した表札)は石に彫られています。

このワークショップが手がけている仕事はそういった何十年、何百年と残る事を目的に作られています。実際に仕事の注文が入ってから最終的に形になるまで数年を費やすこともあります。石に彫られる文章や文字のレイアウトのデザインにはクライアントの意向を尊重しまた、字が彫られる石も、クライアントの好みが反映されています。

石の上に直接かかれる下書きはデザイン画からおこされ、クライアント、リダそして下書きをする者それぞれが納得いくまで時間が費やされます。ですから実際に石に彫る時間の方が1つの仕事の進行に費やした時間より短かったりすることがあります。

現在、私は石に字を彫ることを重点的におこなっていますが、デザイン画をデザインしたり石の上に直接鉛筆で下書きをしたり、石の型紙を厚紙に写し取ったりといった様々な要素の仕事をしています。

カリグラフィーとはまったく違うと思われる方もいらっしゃることと思います。確かに、まったく異なった技術と道具を使いこなし、またカリグラフィーが扱う分野とレターカッティングが扱う文字の分野は基本的には異なっています。(例えば、扱う文字の大きさを考えてみてください。カリグラフィーは基本的には手元で扱われるサイズの大きさです。レターカッティングが扱う文字はある程度距離の離れたところから読まれることを意識して扱われる文字です。)

しかしながら、多くの要素がこの2つのCrafts(工芸=手を使って物を作る)には共通しています。特にそれらの要素から私にとって重要と思われるのは、まず“文字の形を見る目”と作品の中に表される“リズムの調和”でしょう。この2つの要素は言葉で表すのは基本的にはとても難しく、また書ききることができないのでここでは詳しく申し上げません。ですがこの2つの要素はは欧文の書体をメインにしたグラフィックデザインや、欧文書体のデザイン、タイポグラフィーなどの分野でも重要なことがこの仕事を始めてわかりました。

私の今後の目標ですが、この2つのCraftを通じてフリーランスで仕事を続けたいと思っています。また、カリグラフィーとレタリングを教えることも考えています。

これからイギリスでカリグラフィー関連の仕事をなさりたい方へのアドバイスですが、自分が仕事で何を達成したいのかをなるべくはっきりさせることかと思います。もちろん、目標を持ってもそれを達成できないことも多々あるかと思います。でも目標を持つことで今、何が必要なのかまた何が大事なのかかがわかってくるかと思います。
   
 
   
 

今まで、不定期に更新されるエッセーでありましたが興味を持って読んでいただいた方々には心から感謝申し上げます。また、個人的にメールをいただいた方々の感想や質問はたいへん興味深く、それらに関しての情報はそのうちどこかで発表できればいいなぁーと思っています。そして、このような素晴らしい機会を与えてくださった木根淵さんには心から感謝をしております。ありがとうございました。また、レイアウトを担当してくれた方々、そして毎回こりずにこのエッセイの校正読みをしてくれた下田恵子さん、PCを快く使わせてくれた野本里佳子さん、そして映像を担当してくれたJames Magetson氏にもこの場を借りて感謝を申し上げたいと思います。ありがとうございました。

今回のシリーズで書ききれなかった経験はたくさんありますが、また皆様にどこかでカリグラフィーやレタリングについての意見の交換ができる日が来るのを楽しみにしています。

佐藤恵美

 


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